学校行事の相次ぐ延期に思う事…
- 管理者
- 2021年7月17日
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更新日:2021年9月1日
先日、出勤の途中にマスクを忘れている事に気が付きました。戻って取りに帰る時間もなく、「何か言われたらハンカチで口元を押さえればいいか」と割り切って、電車に乗る事にしました。正午過ぎの比較的空いた電車でしたが、タオル地のハンカチで口元を押さえてひと駅乗りました。
ふと、「ハンカチで口を押さえるのと、マスク無しで黙っているのと何が違うんだろう…」と人目を気にする以外、特に意味も無いであろう自分の振る舞いにバカバカしくなり、結局通勤はそのままマスク無しで過ごしました。

まん延防止等重点措置が8.22まで再度延長になり、2校の小学校で予定していた修学旅行、宿泊体験学習に国会見学、校外学習も延期になりました。宿泊体験は2度目の延期、校外学習も元々1泊の予定だったものを日帰りに変更したのにも関わらず延期との決定に「遠足だって行ってるのに、何が問題なんだよ…」と残念を通り越して無力感や苛立ちすら覚えます。
「コロナ禍」と言われる状況が始まってから1年半が経ちます。相変わらず子供達を取り囲む状況は不自由なままです。昨年度末の小学校の休校に始まり、諸行事の縮小や中止。その影響でしょうか、昨年2020年の子供の自殺者数は過去最多(499人)となりました。しかし肝心のコロナに関しては、政府やマスコミが「感染者数が!」「緊急事態だ!」とあれだけ大騒ぎしているにも関わらず、実感としてのウィルスの脅威は全く感じられません。
今、世の中のあらゆる物事を規制するのに「コロナ」が『免罪符』に使われます。ただ一体、子供達にとってコロナがどれほどのリスクがあるのでしょうか。実際に身近な子供が死んでしまうケースが多発…というのならばまだしも、身の回りには感染者もいないし、重症者もいません。厚労省のデータでも10歳未満と10代の死亡率は0%というのが現実です。
政府やマスコミ、自治体の首長、医師会…等々、指導層の方々に後ろめたい「ご事情」がおありなのは分かりますが、それに付き合わされて実際に被害を被っているのは私達国民です。そもそもコロナにかかる事は悪い事なのでしょうか?身内からコロナ感染者が出ると「外聞が悪い」というだけの事ではないのでしょうか。それならば私達のやっている事はマスクと同様「世間」を意識したアピール以外の何物でもないと思います。
更にデータから見ても子供にはメリットよりデメリットの方が多いのではないかと思われるワクチンですが、接種の対象年齢についてファイザーに次ぎモデルナも12歳以上へと変更になりました。現在までに350人以上(356人)がワクチン接種後に亡くなっている状況ですが、死亡0の子供達には接種は不要でしょう。コロナ禍を理由に社会全体が子供に「虐待」をしてはいないでしょうか、またワクチンの接種が更なる「虐待」に繋がりはしないでしょうか。
新しいワクチンについて、十分な判断能力のあるであろう「大人」ならば選択に関して『自己責任』の一言で済む話です(私は当面打つつもりはありませんし、その結果に関しても甘んじて受け入れるつもりでいます)。ただメリット・デメリットについての十分な情報も自分で完全に理解、判断し実際に行動にまで移せるのか疑問の残る子供達にまでワクチンの接種を進める事には、私は反対です。

↑大阪府泉大津市南出賢一市長の新型コロナウィルスに関する市長メッセージ③(R3.6.25)より抜粋させて頂きました。
高齢者のワクチン接種が進んでいるのなら、オリンピックを前にコロナウィルスの指定感染症の分類を見直し、医療体制を整えた上でノーマスクで観客を入れて世界に向け「安心安全」をアピールする道もあったはず、それならまだ招致に大金を使った意味もあったろうにと思ってしまいます。政治家、マスコミ、医師会など、いつまで国民をこの状況に付きあわせるつもりなのか、サイゼリヤの社長さんではありませんが、僕も秋にも行われるであろう総選挙にはしっかり候補者を見極めた上で投票に行こうと思います。(山田)
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